本年度は、「人間の尊厳」の理解を深め、それに基づく生命倫理の考え方の指導理念を探求した。既に「日本国憲法における実定規範としての『人間の尊厳』の位置づけ」(2006年3月公刊、東海法学35号)で、「人間の尊厳」の日本国憲法における条文上の根拠は、従来の学説とは異なり、18、25、36条等に置くべきであること、そして「人間の尊厳」を侵害される主体が特定でき、しかもその者を完全な道具として扱うという極端な場合に限定されるが、当該概念が日本においても生命倫理関係を規制する規範として有効であることを明らかにした。さらに本年度公刊の「死刑と残虐な刑罰」の再訂では、「『人間の尊厳』と死刑」の項目を追加し、死刑制度は人間の尊厳に反するとする学説を批判的に検討した。また「職業の自由と私法関係」では、人間の尊厳が重要な根拠の一つとなる基本権保護義務論に対してコメントを加えた。さらに「『教育を受ける』側と『教育を行う』側の個人」は、人間の尊厳と比較法的に対比されている「個人の尊重」の観点から憲法26条を論じたものである。 以上を踏まえ、本年度集積・読解した「人間の尊厳」及び生命倫理関係の文献から、本研究課題の指導理念を探求したが、これについては現在のところ次のように考えている。日本国憲法における実定法的概念としての「入間の尊厳」は、同憲法が13条の「個人の尊重」を人権の中核とするゆえに、「尊厳」の主体を限定できず、すべての人に至高の価値を置いていると考えなければならないので、各人の根本的な平等性を帰結する。しかし遺伝子配列の決定における非人為性が損なわれると垂直関係が成立する可能性があり、これを維持することが困難になる。この視点から、遺伝子操作や出生前診断、さらに人クローン産生の規制についての明確な根拠を確定でき、そこから逆に前二者については、その許容範囲も導くことができるであろう。以上の基本的考え方を生命倫理の各分野に拡張、具体化していき、生命倫理関係法の基礎を確立していきたい。
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