本年度は、「人間の尊厳」の理解を深めると共に、当該概念と様々な生命倫理問題との関係を考察し、前による後者の基礎を探求した。昨年度の公表物においては、「死刑と残虐な刑罰」の再訂で、「『人間の尊厳』と死刑」の項目を追加し、死刑制度は人間の尊厳に反するとする学説を批判的に検討するなどの研究を行った。本年度は、口頭発表「ハーバーマス『人間の将来とバイオエシックス』」で、世界観が多元的な社会における普遍主義的道徳の可能性を追求し、バイオテクノロジーの発展により哲学は態度表明を迫られているとして、生命倫理の諸問題の具体的考察を行う当該著書の検討を通じて、「人間の尊厳」と生命倫理問題の関係についての哲学てき示唆を得た。また、AchtungvorIndividuum und Wurde des Menschen-Grundidee der Menschenrechte in Japan und in Deutschland-では「人間の尊厳」と「個人の尊重」の規範内容及び性質の違いを明らかにした。その上で、生命倫理問題二対処する際の日本国憲法における枠組みとしては、従来の学説とは異なり、憲法13条のみならず、18、24、25、36条全体から「人間の尊厳」原則を導き出し、これを「公共の福祉」の一内容とすべきことを論じた。また当該原則による、学問の自由等の制限は研究等において「人間の尊厳」を侵害される主体が特定できる場合に限られるべきことを主張した。 以上の発表を始め、諸文献の考察により、本研究課題については、次のことが重要と考えている。日本国憲法における実定法的概念としての「人間の尊厳」は、同憲法が13条の「個人の尊重」を人権の中核とするゆえに、「尊厳」の主体を限定できず、すべてのに至高の価値を置いていると考えなければならないので、各人の根本的な平等性を帰結する。しかし例えば遺伝子配列の非人為性が保持されないと、不可逆的支関係が成立する恐れがあり、この視点から、遺伝子操作や出生前診断、さらに人クローン産生の根拠を明確にすると共に、それらを許容する場合もその最低限の条件を明らかにしうる。以上の基本てき考え方を、生命倫理の各分野に具体化していき、「人間の尊厳」による生命倫理関係法の最低限の基礎を明らかにする論文を、今後発表する予定である。
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