ハーグ国際私法会議の「管轄合意に関する条約」(2005年)について、その作成経緯に遡って検討・分析し、各国の国際裁判管轄・外国判決承認執行に関するルールについての考え方の違い及び共通性を明らかにしたことを踏まえ、さらに進んで、国際裁判管轄合意と国際商事仲裁合意との比較を通じて、両者の違いを浮き彫りにする作業を行った。その結果、両者の基本的な違いは、国際裁判管轄合意が自国の裁判所と外国の裁判所との関係という主権の間の問題であって、主権侵害のおそれがあるか否かがポイントであると捉えられるのに対して、国際商事仲裁合意は自国の裁判所と私人による仲裁との関係であって、内国仲裁か外国仲裁かという仲裁地による区別は重要ではなく(外国仲裁判断を拘束力あるものとして認める基準は国内仲裁判断の場合と異ならない)、主権の行使としての裁判に代替するものとしての仲裁をどこまで認めるかがポイントであると捉えられる点にあるとの結論を得ることができた。そして、その違いが、国際裁判管轄合意を制約するものとしての専属管轄ルールは、主権侵害の観点から、会社等の法人という国家行為の産物の有効性等に関する訴え、登記・登録に関する訴え、特許等の存否・有効性に関する訴えを対象としているのに対して(民事訴訟法3条の6(法案))、仲裁法では「当事者が和解をすることができる民事上の紛争」が仲裁付託適格性ありとされるという違いを生んでいると説明することができるとの結論に至った。これらの違いは概ね各国で一致しているものの、米国ではあまり専属管轄や仲裁付託適格性を厳しく考えない傾向があり、他方、日本の国際裁判管轄に関する新ルールでは不動産の物権問題は専属管轄とはしない方向であるのに対して、欧州連合の規則では専属管轄とされているといった違いもあり、これらは主権の捉え方の違いようるものであろうと推察される。
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