本研究は、近年提起された訴訟((1)東京地判平成17年11月17日判時1918号115頁=東京高判平成18年3月2日判時1928号133頁、(2)東京地裁八王子支判平成17年5月20日金判1234号25頁、(3)静岡地判平成17年1月28目判例集未搭載=東京高判平成17年6月2目判例集未搭載)の事案から、保険金受取人変更権に一定の制限を設ける必要性を検討した。平成18年度の秋に、事例研究((2)の裁判例)を行い、生命保険金受取人変更権に関する文献を集めあるいは複写し読み込み、九州大学産業法研究会において報告した。平成19年度冬に、事例研究会に出席し(3)の裁判例の報告に接した。たしかに商法上は保険金受取人変更権に対して制限が設けられていないが、保険実務では、モラルハザード誘発を懸念して、保険契約引受時には引受基準を内規として設けたり、保険金受取人変更の保険者に対する対抗要件としての承認裏書の際モラルハザード的な要素がないかもチェックしている。ここに商法と保険実務との間の乖離が認められる。折しも保険法の見直しの機運が高まり、複数の保険法の見直しに関するシンポジュームにも参加する機会を得た。法務省法制審議会保険法部会で保険法改正要綱案がまとめられ、その結果現在国会に提出されている保険法改正案によれば、保険金受取人の変更は保険者に対する意思表示とされ(43条2項)、この意思表示はその通知が保険者に到達したときは当該通知を発した時に遡及的に効力が発生するが、その到達前に行われた保険給付の効力を妨げない(同3項)とされている。本改正案は、保険金受取人変更行為の法的性質を従来の多数説、すなわち「相手方のない一方的な意思表示」という見解を修正するものである。本研究は、これらの新しい規律の合理性を検討し、結論として、商法の規定と従来の保険実務のあり方との間隙を埋め保険金受取人変更権に対し一定の制限を加えたという意味では、評価し得ると考えている。
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