本年度は、昨年度の研究をもとに、医療における患者の自己決定権が諸外国、特にアメリカ・カナダにおいていかに考慮され制度構築され、あるいは構築しようとされているのか、立法・学説・判例の最近の動向と現状を継続して調査し、調査結果の一端を紹介する論文を公表した(樫村志郎編『規整と自律』所収「医療をめぐる意思決定と法-患者の拒否、医師の説得とShared Decision-Makingについて」)。同論文は、欧米諸国の医学サイドからの意思決定援助のための提案紹介を中心に据えつつ、そうした議論が必要となる背景としての医療現場の説明の困難さ(説明か説得か)と、アメリカの一部の州の立法者の対応を追跡したものである。わが国における医療での自己決定権の確保も、理念としてその意義を否定する立場はもはや殆どなく、最高裁においても、その傾向は顕著であると評してよい(最判平成18年10月27日判時1951号59頁。同判決について「予防的な療法(術式)実施に当たっての医師の説明義務」ジュリスト1332号81頁以下に論者の評価を示した)。今日では、上記の総論的立場の合意到達の延長線において、その具体的な実践の側面が、明確に意識されるようになっている。こうした状況に鑑み、医学サイドからの提案内容を法的見地から紹介・精査することにつなげることは必要なことである。本年度は、文献研究作業に加え、インフォームドコンセントについて理論的に高い水準と実績を有する医療機関に出張し面談も行った。この問題を早くから実践してきた関係者の意見と経験の聴取は有意義で、今後も継続すべき作業と思われる。なお、自己決定権が措定する人間像についても、これを検討した論文を公表した(「医事法における人間像」法律時報80巻1号51頁以下)。
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