本研究は、異質な価値観・文化を有する個々人および諸集団の「共存」を旨とする「寛容」の理念を歴史的・理論史的に考察し直し、それを現代世界における文化や価値をめぐる対立を克服する新しい政治秩序と、それを基礎づける新しい社会規範の中軸的な理念に改鋳することを目指すものである。「寛容」は西洋キリスト教世界で培われてきた自由主義の政治文化の中で、ひときわ尊重されてきた理念であるが、個人の自己決定の契機のみを重視する近年の「寛容」研究は、本来、個と共同体との相互連関の中でのみ成り立つはずのその理念を著しく歪曲してしまっている。「寛容」研究には個人や集団の権利ばかりでなく、それらの平和的共存を可能にする社会形成原理の考察が不可避的に伴わなければならないからである。このような視点に立脚して今年度の研究は、自由主義の政治文化における個と共同体との関係を改めて問い直しながら、21世紀の秩序構成原理としての自由主義の真価を検証していった。氏族紛争、宗教対立など、今日の世界平和を脅かす要因の多くは、非西洋圏で最も深刻な様相を帯びている。こうした地域に秩序を樹立する新しい規範を形成できるか否か、それは自由主義と「寛容Jの政治理論の意義を検証するための、最も明瞭な試金石であると考えたからである。具体的には、すでに私が公表した論考の中で説いた「寛容」の5つの分析概念((1)「包括としての寛容」、(2)「下賜としての寛容」、(3)「共同体論的寛容」、(4)「政治的寛容」、(5)「権利としての寛容」)の精緻化作業、そして近代寛容思想の源流であるジョン・ロックの政治思想の再検討を試みた。次年度も、この方面の研究をさらに深く掘り下げていきたいと考えている。
|