本研究は、異質な価値観・文化を有する個々人および諸集団の「共存」を旨とする「寛容」の理念を歴史的・理論史的に考察し直し、それを現代世界における文化や価値をめぐる対立を克服する新しい政治秩序と、それを基礎づける新しい社会規範の中軸的な理念に改鋳することを目指すものである。「寛容」は西洋キリスト教世界で培われてきた自由主義の政治文化の中で、ひときわ尊重されてきた理念であるが、個人の自己決定の契機のみを重視する近年の「寛容」研究は、本来、個と共同体との相互連関の中でのみ成り立つはずのその理念を著しく歪曲してしまっている。「寛容」研究には個人や集団の権利ばかりでなく、それらの平和的共存を可能にする社会形成原理の考察が伴わなければならないからである。以上のような視角から、平成20年度の研究では、上述の「個と共同体との相互連関」において成り立っ「寛容」の本質を、17世紀イングランドの「良心」という理念が有する「自由」と「信従」という2つの契機のうちに見出して、これを深く検討した。このことによって、自由主義の伝統の根源にあるピューリタニズムの重要性を再認識するとともに、それとジョン・ロックとの連関を明らかにすることが、新しい自由主義の規範理論を構築するにおいて極めて重要であるとの展望を立てることができた。もちろん、それは新しい自由主義の系譜学を考えることにほかならない。そして、その系譜のなかに現代の寛容論を位置付けるとき、新しい社会規範としての寛容の政治哲学の全体が浮き彫りにされるという見通しを得ることができた。
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