本研究は、中国共産党がそれまでの階級闘争路線から改革開政策に転換した1970年代末から今日までの30年間におよぶ中国の思想とイデオロギーの変動を分析することを目的としたものである。本研究では以下の3つのテーマについて調査した。 第1は、政策転換の出発点において、共産党の理論家や有力な知識人たちがその転換をどのような方向に向かうものとして受け止めていたかを、「思想解放」というスローガンをキーワードとして分析し、当時の彼らの間には多様な理解があったことを明らかにした。これは今日の多くの人びとの「改革開放」政策の始まりについての理解とは異なっている。第2は、今日の中国知識人のなかで大きな影響力を持つ一人、許紀森に注目し、彼の1990年代中国の思想と文化に関する見解を紹介、分析したものである。中国知識人の思想には1980年代と1990年代との間に大きな断絶が起こったといわれているが、許紀霖はこの2つの時期を中国における「啓蒙」の発展から自己崩壊への一つながりのプロセスと見なす独自の見解を示している。また、中国の知識人界を二分している自由主義者と新左派の間に立って社会民主主義にもとつく「第3の道」を主張している。第3に、今世紀に入ってから表舞台に登場してきた中国の「民族主義」言説について、その台頭のプロセスと背景を概観し、さらにそれが中国国内の反日感情や反日言論とどのように結びついたかについて、新聞・雑誌の記事の分析を通じて明らかにした。現代中国については、経済や社会の変化にばかり注目が集まる傾向があるが、それと平行して生じている文化や思想の広範かつ深い変化は、今後の中国の政治や社会の変動に長期的な影響を及ぼすことが予想される。
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