前年度、国際連盟資料館にて収集した資料を整理し、またそれを読み込んだ。 連盟情報部の史料から、戦間期の国際法学者(特にM・O・Hudson)が積極的に国際連盟にはらたきかけていたことがわかった。そのような資料を用いて、国際法学者や学説がいかに展開しているかというテーマに関連させ、国際法学会にて学会発表をおこない、また発表にもとついた論文をまとめ、学会誌論文として刊行した。 さらに、3月にはニューヨークの国際連合ハマーショルド図書館にて、国連の一般広報向け史料の閲覧と収集をおこなった。国連の史料は膨大であるため、設立直後から1960年代までしか閲覧はできなかったが、それでも初期国連がいかにして、一般大衆に国際連合の理念を広めるかについて、興味深い史料は多かった。 国連一般向け広報資料からわかったのは以下の点である。 1.少なくとも60年代半ばまでは国際連合も、国際連盟と同じように「国際協調(international cooperation)」という理念を用いて、国連の理想を説明していた。 これが変化していくのは70年代以降であるとみられる。 2.国際連合も写真集など、視角にうったえる資料を作っていたが、戦後はその活動が多様化したために、連盟時代よりその種類は少なくなった。 3.国連をいかに教えるかについての広報資料も継続的に作成されていたが、この資料には国連が一般人に伝えたいあるべき国連の姿が読み取れるので、実に興味深い。
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