本研究では、日本の経済発展の経験から帰納的に導き出された「在来的経済発展」パターンの独自性の程度を、都市小工業の国際的な比較研究によって計ることを課題としている。本年度は、直接の比較対象産業とした玩具工業について、最大の玩具輸出国であったドイツの主要生産地ニュルンベルグ(バイエルン州)で2度目の現地史料調査を行い、同時代の調査報告および地方政府レベル統計書といった、現地でなくては入手できない統計類の収集を行い、それらのデータのデータベース化を行った。また、大都市(metropolis)における都市小工業史比較のため、ロンドンに関する1851-1931年のセンサス統計の収集と入力作業を行い、データベースがほぼ完成した。これらのデータを、筆者がこれまでに手がけた戦前期東京の都市小経営研究および輸出中小工業研究(玩具工業史を含む)と比較することで、戦前期日本の玩具工業は、ドイツに比べても規模の零細性を維持したまま国際競争力を獲得しつつあったこと、また、大都市立地としての共通性を有しつつも、戦間期東京の都市工業が、自営業就業率や女性中高年齢就業割合の高さなど、ロンドンにはない固有の労働力構成の特徴を有していたことが浮き彫りとなってきた。これらの成果により、「在来的経済発展」の特徴は、近代日本の非農村地域-都市部-でも観察され、かつそれは、産業の特性や都市立地一般に解消できないことが示されつつあるといえる。こうした事実発見を、近年グローバル・ヒストリーの視点から提起されている「労働集約的工業化」論をも念頭におきつつ、日本の産業発展パターンとして、より広い文脈に位置づけることが次の課題となる。
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