本研究は、「実証研究」の会計基準設定の貢献について考察したものであり、2年間の研究によって以下のような知見を獲得することができた。実証研究が本来過去の事実を経験科学的に捉えるのみで、将来の状況を予測するものではないという科学的な視点を否定するものではないが、過去の事実を無視して規範的にのみ推し進められる会計基準設定には問題があるというのが、研究の出発点であった。そこで、研究方法としては、「規範的研究」を「実証研究」に対置させる形で研究を行った。両者の認識論的な関係は相互前提的であるが、会計基準との関係で言えば、単純な相互前提的な関係とは言えない。一方で、多くの実証成果を無視して規範的な視点のみから会計基準が作成されることがあり、他方で、少数の実証結果を根拠として規範的な整合性を無視した形で会計基準が作成される場合もある。前者の典型例は、国際会計基準審議会による純利益情報の開示禁止であり、後者の典型例は、少数かつプリミティブな実証研究を根拠として断行された研究開発投資の全額費用計上である(ただし、当該事例には、規範的レベルでの問題もある)。つまり、両者が異なる結論を導くと判断された場合には、一方のみが取りあげられて基準づくりが行われる傾向がある。さらに言えば、経験的な事実を重視するという視点が尊重されるようになるにつれて、会計基準設定をめぐる議論に実証研究の成果が使われるようになったが、公正価値会計を巡るG4+1の報告書とヨーロッパ中央銀行の報告書にみられるように、いずれも多数の実証研究を根拠としながら、反対の結論を導き出している。つまり、異なる結果となった多数の実証研究からそれぞれの利害に有利な成果をつまみ食いしているという現実がある。
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