事例研究として瀬戸内海の塩田地主にとっての「家」と家業経営の変容過程を追ってきたが、今年度は、その展開過程において技術革新と地縁・血縁ネットワークのあり方が重要な鍵を握っていたことを浮き彫りにし、もう一方で進めてきたファミリービジネス研究との接点が整理された。家業経営は、多角化した大規模な事業体の場合必ずしも一地域に限定・固定されるものではないが、拠点を置く場所のネットワークは生き残りにとって重要な意味を持っていた。技術革新については機械化等の技術革新により存続を可能にした企業もあれば、他方で、伝来の方法を守ることでそれをブランド化し、生き残っている事業もある。たとえば、醤油醸造業に着目した場合、キッコーマンのようにグローバル化していく事業体と、各地で伝統的な醤油樽で醸造する製法にこだわる事業体がある。こうした複数の存続戦略を射程に含んだことで存続の重層性が明らかになった。また、危機に面した経営体にとって地元のネットワークは、社会的・経済的・政治的に「家」を支えていた。この点、今日のファミリービジネス研究が、地域の再生に着目する点と共通している。多くの家業経営にとっては地域との関連が重要であると同時に、地域の再生に関する議論でも地元産業や観光振興を考える上で、存続してきたファミリービジネスを再評価しようという機運がある。しかし、戦前に特徴的だった家業経営のあり方がそのまま戦後に適応したわけではない。存続している事業体は必ず変化を伴っている。その連続性と変化については、今研究ではいくつかの事例において検証できた。今後事例研究を進めて、日本社会の変動との関連づけ、国際比較へと展開していくべき基盤作りができた点が成果である。
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