本年度は、まず、19世紀半ばのエドガー・ポーによる探偵小説の創造にかんして、(1)その歴史過程を明らかにし、(2)そこで発明されたテクストの基本構造を定式化し、分析のツールとして精緻化することを中心に研究を進めた。(1)については、大都市のセンセーショナルな消費の文化や増大する不安な群集の出現が、こうしたテクストの生産と消費の重要なパラメーターとなっていることを明らかにした。(2)については、これらのテクストの成立条件を、探偵と犯人の双数性(構造的類似と奇妙な差異のたわむれ)のうちに求め、この双数性の構造を探偵小説のテクスト分析のツールとして活用した。この分析の仕方は、探偵小説の起源やモデルをエディプス王の物語に求めるエルンスト・ブロッホあるいはジャック・デュボアらによる従来の研究とは異なり、これまでにない独自な展望を与えるものとなっている。 本年度はまた、20世紀の探偵小説の歴史において重要な屈折点をなす出来事、すなわち、(1)1920〜30年代の探偵小説の形式化・本格化、(2)1980年代以降の異常犯罪をテーマとする作品群の浮上、というふたつの出来事にかんして、主体のたわむれを引き起こす消費社会の論理との関連で分析を行った。(1)においては、まだ『緋色の研究』型の人間学的な言説の補完があったが、(2)ではそのような補完は相対化されるか、空洞化され、消費社会のシステムの論理とそのまま通底するような主体の痕跡の消失が見られるようになる。 上記の分析にもとづいて公刊された研究成果としては『季刊iichiko』No.98に掲載の「眼の変容:20世紀探偵小説の言説形式にかんする社会学的分析」がある。
|