研究概要 |
本年度は,実業家文化の戦前から戦後にかけての変容について,下記の各事項を検討した。 1.明治後期から大正期にかけて,実業家のハイカルチャーとして隆盛を極めた茶事を中心とする社交文化は,大正後期から昭和初期にかけて,徐々に衰退していった。財界の旧世代の数寄者たちは概ね従来の豪奢な道具茶を嗜んだが,財界の代替わりが進むにつれて,総力戦へと進む時勢のなか,贅沢な社交は避けて質朴な茶事を行なう実業家たちが大勢を占めるようになった。小林一三や松永安左衛門はその典型である。 2.戦後,戦時利益の没収の意味で財産税が導入され,納税のため,戦前の代表的な富豪であった実業家たちや財界人たちの書画骨董コレクション,および高価な茶道具の多くが手放された。その結果,富の「平準化」が進み,同時にかつて日本のハイカルチャーの中心にあった実業家文化は解体していった。その後,新興実業家たちがコレクションに励んだり,旧来の財界人がコレクションの買戻しを試みたりしたが,実業家文化は戦前の勢いを取り戻すことなく現代に至っている。 3.『経団連週報』などの戦後の財界誌,あるいは『日経ビジネス』などの経済雑誌の記事を収集し,検討したところ,戦前の実業家文化と通じるハイカルチャー志向を,財界人の文化や趣味領域の一要素として認めることができる。ただし,サラリーマン文化に近い大衆寄りの「上品」な文化が,財界人文化の一般的な特徴であると言える。そして,財界人や経済エリートのそうした文化的な志向は,企業メセナのコンセプトと密接につながっており,企業組織による大規模な活動へとしばしば展開されている。
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