今年度は、昨年度までの調査と今年度の調査などを踏まえて、日本、アメリカ、イギリス、オランダ各国の薬物政策を比較し、それぞれの政策の特徴を明らかにするとともに、それらがどのようにしてそのような編成となっているのかについて分析を行った。明らかになったことは、以下の通りである。 すなわち、薬物政策とは薬物使用によって生じる可能性のあるリスクを秩序との関係でどのように処理するかということにかかわる政策と位置づけられ、そのような観点からすると、まず日本やアメリカの薬物政策において薬物使用者(リスク)は秩序から隔離・排除されるべき対象と位置づけられてきた。一方、イギリスのかつてのブリティッシュ・システム(その一部は現在も保存されている)ならびにオランダの薬物政策において薬物使用者(リスク)は秩序から隔離・排除される対象としてではなく、むしろ秩序内において管理される対象として位置づけられてきた。これらの政策の違いは、その基礎に社会と秩序に関する政策的思考の違いを再構成しており、日本やアメリカに代表されるような、いわゆるゼロ寛容政策は、機械的連帯に象徴されるような、ある意味で古典的な秩序をめぐる思考である一方、イギリスやオランダに代表されるような、いわゆる医療化やハームリダクションを志向する政策は、有機的連帯に象徴されるような、ある意味で近代的あるいは社会学的な秩序をめぐる思考である。またこれまでの薬物政策研究では、後者を人道的な政策と位置づけることが多いが、それよりもむしろリスク管理型の政策として理解できるものである。そしてその秩序思考自体はそもそも、薬物使用者自身によって開発されてきた薬物をめぐる作法を、政策の水準で反復するものであり、それがまた薬物政策を経由して薬物使用者に反復されるという円環的構造をもつものである。
|