本年度は(1)主として江戸時代中期・末期及び明治時代初期という歴史的時点における「生きがい」用例の採取、ならびに(2)本研究における分析枠組みの理論的検討という2つの点で研究活動を実施し、以下の成果をえた。(1)「生きがい」用例の採取:本研究は、わが国語に含まれる「生きがい」の意味が大きく変化した歴史時点を捉えることであるが、それに関して次の知見を得た。近松の浄瑠璃(及びそれ以前の文献)の中で「(周囲の人びとを含めた意味での)社会に役立つ」という意味での生きがいの用例が見出されることは夙に知られていたことであるが、新たに滝沢馬琴の作品並びに書簡の中にその用例が見出された。しかも、興味深いことに、馬琴が生きがいということばを使用している文脈から判断するならば、その意味が「役立つ」と「生きることへの充足感」という今日的な意味合いの両者を含むように解釈できることである。こうした用例は、馬琴以外に充分な数確認するまでには至っていないが、さらに例えば黙阿弥等の戯曲等の探索を通して、意味変化の経緯を読み取れる用例の探索を継続して行く。(2)理論的枠組みの追求:C.テイラーの思想史研究の枠組みを手がかりに、人びとが人生の意味を通して形成してきた道徳意識を歴史社会学の観点から分析する理論枠構築を目指し島本研究における理論構築上の基本的問題はいわゆる近代化という歴史的プロセスの中で生じた道徳意識の変化を因果的に説明する歴史社会学の論理を見出すことであるが、この点に関して次の知見を得た。すなわち、この分野でのいわば常識化したM.ヴェーバーの宗教社会学的論理を批判的に再検討することによって、聖なる領域での合理化は人々の意識面での近代化・合理化を導くひとつの条件にすぎないのであり、経済的・政治的安定性下での(文芸・学問領域での)自己意識の成熟という歴史社会学的論理が見出されるという知見を得た。
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