本研究の目的は、自己と他者の特性概念間の認知的リンクを明らかにすることであった。人々は異なる他者との間では異なる相互作用を展開することから、自己の特性概念は、他者を条件として相互に独立的なサブセットを構成すると仮定し、他者を条件とした自己の特性概念は、他の他者ではなくて、その他者の特性概念の使用によって利用可能性が高まることの検証を試みた。 今年度の実験では、他者(例:父)について特性語(例:神経質な)のあてはまりを判断した後には、同じ他者について事物(例:手帳)との関連性を判断した後よりも、この他者を条件とした自己(例:父といる自分)に関する特性判断が促進された。特定の他者の特性情報の利用が、同じ他者の別の情報に比べて、その他者を条件とした自己の特性情報の利用を促進することは、当該特性情報間にユニークな認知的なリンクがあることを示唆している。さらに、後者の特性判断で用いられた特性語は最初の判断に用いられた特性語と異なるものであったことから、昨年度までの成果としてみられたように、同じ特性語を媒介として自己と他者がリンクしているだけでなく、他者の特性情報の集合とその他者を条件とした自己の特性情報の集合とが関連付けられていることを示唆している。 自己の成立には他者の存在が不可欠であるといわれてきた。もしそうであるならば、自己に関する知識は、他者に関する知識と密な連絡網がなければならない。その連絡網に関する証拠はながらく示されていなかったが、近年は理論の発展と実験法の進展もあって内外でその証拠が集まってきた。本研究の成果も、その1つであるといえる。
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