本研究の目的は、顔と声による音声知覚においで、視覚情報(顔)と聴覚情報(声)の重みづけが年齢とともにどのように変化するのかを、幼児から高齢者までの広い範囲で検討することであった。本研究では、単一感覚情報の処理能力の発達的変化に応じて、異種感覚情報の統合過程における視覚・聴覚の重みづけが変化するのではないかと仮説をたてた。この仮説によれば、読唇能力が大人より低いといわれる幼児では聴覚のウェイトが高く、加齢によって聴力が劣化する高齢者では視覚のウェイトが高くなるのではないかと予想され、この点を実験的に検証した。幼児に関しては、年度当初、新たな実験を予定していたが、持ち越しの幼児データの詳細分析にエネルギーを注ぎ、Developmental Science誌への論文掲載にこぎつけた。今年度に新たな実験をおこなったのは、高齢者に関するものであった。前年度に、高齢者と大学生とでは、高齢者の方が大学生よりも「矛盾した視覚情報が音声の聞こえを変える」マガーク効果の生起率が高く、視覚情報をより多く使うことが示されたが、高齢者と大学生の間に存在する聴力の差を補正するどどうなるかという問題が残された。そこで、前年度の実験で得た聴覚のみでの音声知覚の正答率を考慮し、ノイズによる音声劣化操作で高齢者に4dB有利になるように実験して比較した。また、反応時間の信頼性を増すため、課題に慣れるまでに時間がかかる高齢者の特徴を考慮し、試行数を増やして最初の3分の1の試行は練習試行として分析から除外した。その結果、聴力を補正しても高齢者の方が大学生よりも視覚情報を多く使うこと、反応時間では高齢者は視覚(読唇)条件に比べて聴覚条件(聞き取り)で大学生よりも特に長く時間がかかることが分かった。
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