研究概要 |
本研究は,顔と声による音声知覚において,視覚情報(顔)と聴覚情報(声)の重みづけが年齢とともにどのように変化するのかを検討することを目的とした.話し言葉によるコミュニケーションにおいて,話し手の顔が見えている場合,健聴者にあっても,聴覚情報だけでなく唇の動きなどの視覚情報(読唇情報)も処理され,マルチ・モーダルな過程が生じることが知られている.この異種感覚情報の統合過程では,単一感覚情報の処理能力の発達的変化に応じて,視覚・聴覚それぞれの感覚情報の重みづけが変化するのではないかとの仮定のもとに,読唇能力が大人より低いといわれる幼児では聴覚のウェイトが高く,加齢によって聴力が劣化する高齢者では視覚のウェイトが高くなるのではないかという仮説をたてていた.この研究課題では,主として高齢者における感覚間統合の特徴を明らかにする作業をおこなった.視覚・聴覚に障害のない高齢者(60歳代)と大学生(20歳代)を比較した実験では,聴覚のみの音声明瞭度が個人で90%となる状況において,60歳代の方が視覚情報の影響が大きかった.これらの被験者に別途実施した純音と語音の聴力検査では,60歳代は20歳代より有意に聴力が低かった. この聴覚のみでの音声知覚の正答率を考慮し,次の実験では,ノイズによる音声劣化操作において高齢者に4dB有利になるように実験して比較した.また,反応時間の信頼性を増すため,課題に慣れるまでに時間がかかる高齢者の特徴を考慮し,試行数を増やして最初の3分の1の試行は練習試行として分析から除外した.その結果,聴力を補正しても高齢者の方が大学生よりも視覚情報を多く使うこと,反応時間では高齢者は視覚(読唇)条件に比べて聴覚条件(聞き取り)で大学生よりも特に長く時間がかかることが明らかとなり,聴覚処理の遅れが視覚の影響を増大させる可能性が示された.
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