研究概要 |
顔の記憶における言語隠蔽効果とは,記憶している顔について言語記述を行うとその後の再認課題の成績が悪くなる,という現象である。この現象の生起条件と生起メカニズムについて,伊東はBEASというモデルを提出した(Itoh,2005)が,本研究ではこのモデルの妥当性の検討をおもな目的として3つの実験を行った。第1の実験では,BEASモデルが前提としておいている,ターゲットとなる顔の記憶強度が強い場合には全体情報の接近可能性が相対的に高く,弱い場合には部分情報接近可能性が相対的に高く,という仮定を合成顔の再認実験を通して検討し,仮定を裏付ける結果を得た。ただし,この接近可能性がどのような要因によっているかに関しては,顔以外の記憶材料(曇,指紋)を用いてBEASモデルの予測を確認する再認実験を行った。この実験では,参加者の確保が困難で,いまだ十分とはいえないが,おおむねモデルを支持する方向の結果が得られている。ただし,さらにデータを集める必要がある。第3の実験では,顔の記憶における自発的な言語隠蔽効果と考えられる現象を再現し,次いで自発的な言語化がこの現象を引き起こしていることを明らかにすることを目的としたが現象の再現が困難で,現象が生じる条件の分析を行うことを終始した。実験の結果は,弁別が非常に困難な顔同士の弁別を,反応の逆転という妨害的な要素を含む条件で訓練した際に,訓練を多く行った方が弁別が困難になることが示された。第1と第2の実験の結果は,言語記述を行うことが全体処理優位から部分処理優位へと認知処理の方向付けを変化させ,そのために記憶の状況のより妨害効果や促進効果が生じるとするBEASモデルを裏付けるものといえる。
|