本研究は、1860年代末から第一次世界大戦までのイギリス女子高等教育の開始期において、高等教育の経験が女子学生のキャリアにどう反映されたかを、社会史的に考察しようとするものである。本年度は、女性が最初に進出した高度な専門職である医師に焦点を絞り、女性の医学教育の展開過程と初期の女性医師の就業実態や社会的活動について検討しようとした。医師職に就く女性は教職に比べるとはるかに少数であるが、男性で独占された職業への女性の参入は、伝統的な女性観との相克をもたらし、賛否両論が戦わされた。その渦中で開始された女性への医学教育の特徴を把握するために、1874年に創設され、多くの女性医師を輩出したロンドン女子医学校に着眼し、設立の経緯、教育課程、入学生や卒業生の動向について調査した。調査の場所は、ロンドン大学ロイヤル・フリー・ホスピタル医学校のアーカイブズ、同ウェルカム医学図書館、エディンバラ大学図書館等である。ロンドン女子医学校の約40年間の年報や学校誌等を閲覧して資料化するとともに、初期の学生の出自や履歴を調べ、著作や伝記等に目を通した。その結果を、論文「イギリスにおける女性医師養成の嚆矢-ロンドン女子医学校1874年〜1884年」(西九州大学紀要第37号)として公表している。 引き続いて、当該時期の女性医師の就業状況を、上記の資料や先行研究をもとに調査したところ、女性と子どものための病院や、インドなどの植民地医療に、多数の女性医師が従事していることが判明した。ロンドン女子医学校においてもそれが顕著であり、男性医師の職場を侵食しないことを前提とした医業の性による領域分離がうかがえる。このことについての考察を、次年度に論文として公表する予定である。また次年度は、今回オックスフォード大学の女子カレッジで収集した教職関係の資料を活用して、大卒女性の教職への就業やキャリアの継続または中断の動向とその要因について考察を進める計画である。
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