研究概要 |
従来研究を公表してきた二つの在郷商人の日記のほかに、今年度新たに15点25冊の農村の日記の中から、子育てに関連する記事を抽出した。これらの日記には乳児の生育儀礼や疱瘡儀礼、手習い,元服など子どもの記録が登場する。それらの記事のなかで、神官の日記に登場する安産祈願の記録が、新しく出会った種類の記録として興味深く思われる。また、乳児の生育儀礼の広がりや疱瘡儀礼の時期的な変容については、集めた記録の分析にこれから着手したい。生育儀礼が「十三参り」を中心とする古風な儀礼慣行となっている『宗伊日記』(山形地方)について、次年度にフィールド調査を試みて、その地域の祝儀簿をあつめ、比較検討したいと考えている。さらに農村の子育てということでは、神官や修験の日記を少し意図的に探索してみることを検討したい。 農村の日記研究を進めるいっぽうで、とくに子どもに関する記述が多い日記として、江戸在住の旗本の妻、『伊関隆子日記』の整理を始めた。著者は、古代の女流文学に範を採った日記体の随筆を書き残したかったのであろう。日々の生活の中で関心を持った行事や慣習を歳時記風に書きとどめ、自分の幼年期の回想に立ち返ることも多い。さらに、孫たちの手習いを担当し、わずかだが教える工夫について書き残した部分もある。平成19年度は、都市在住の武家の日記を主な対象として、子どもの記述を探し出そうとしているので、その際、『伊関隆子日記』との比較は、一つの機軸に出来るだろう。女性の書いた日記は、武家の日常生活を写す記録として分析してきた『ひうち袋』や『桑名日記・柏崎日記』より、子どもの世話をする女性の感情生活が具体的に表現されている。 日記研究と自叙伝の研究を平行して進めているが、そのなかで、自叙伝と日記の史料としての共通性や異質性は、方法論の問題として重要である。自叙伝が人生の後半以降に入って、自身の人生に関する意味づけを(時には無意識のうちにも)表現した記録であるのに対して、日記のほうは日常生活において、著者の関心がどこにあるのか、どのようなことには関心がないのかを映し出す史料である。心性史の史料として、両者が明らかに出来る内容にはトピックの種類も、同じトピックについての性格の違いもあることを明らかにしてゆきたい。
|