本研究の目的は、美術鑑賞文に注目して分析を行い、美術鑑賞領域における熟達化の認知構造について解明し、さらに美術鑑賞文の作成プロセスにおけるさまざまな鑑賞スキル活用のための学習方略ツールを新たに開発し、その有用性と課題を検証することである。 本年度は研究の第一段階として、「鑑賞レパートリー」の観点を活用して、美術鑑賞文の特徴を分析する方法を開発し、それをふまえて鑑賞スキルごとのレベルの変化や、複数の鑑賞スキルが結合する「複合型鑑賞レパートリー」の出現状況などについて解析し、それらの関係性から美術鑑賞文における熟達化要因の分析を進めていくことである。具体的には、以下のような手順で考察を進め、成果を得た。 第一は、「鑑賞レパートリー」の枠組みにおける六つの鑑賞行為(連想、観察、感想、分析、解釈、判断)のそれぞれに三つのレベルを設定し、作品要素、鑑賞行為、レベルの三つの指標からの分析基準を構造化した。また、「鑑賞レパートリー」の基本構造は、作品要素と鑑賞行為が1対1で交差するモデルであるが、実際の鑑賞行為では、複数の作品要素と鑑賞行為が交差し、さらに、それぞれの作品要素と鑑賞行為が累積するような複雑な状況であり、その複雑さを勘案した「複合型鑑賞レパートリー」をマップ化によって明確にした。 第二は、美術鑑賞文における熟達化を(1)鑑賞行為のレベルの高まり、(2)鑑賞スキルの種類の多様化、(3)鑑賞文における文脈の増加、の3つの観点から定義し、大学生の鑑賞文を分析対象として、(1)鑑賞行為のレベル、(2)鑑賞スキルの種類の比率、(3)文脈の比率に基づいて数量化した。また、鑑賞文作成時の履歴データについて、熟達化が異なる群の間での比較および事例分析から熟達化にかかわる特徴を考察した。 なお、本年度の研究成果の一部は、第29回美術科教育学会(金沢大学)において発表した。
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