研究概要 |
代数幾何学の方法によってベクトル値ヤコビ形式の空間の次元を計算することを目標としている。 リーマン・ロッホの定理によって計算するのであるが、計算の方は既に終わっている。問題はリーマン・ロッホの定理に現れる高次のコホモロジー群の消滅を証明することである。本年はこの証明に関して研究した。 ヤコビ形式は或る種のベクトル値保型形式に対応し、この保型形式は或る正則ベクトル束の正則切断と同一視される。この正則ベクトル束は、重さ半整数のジーゲル保型形式に対応する正則ベクトル束と、或る平坦なベクトル束の直積であるが、これらのベクトル束は、指数mのヤコビ形式に対応する場合には、レベルが4mの倍数であるジーゲル空間の非特異コンパクト化へ延長可能である。 上の、重さ半整数のジーゲル保型形式に対応するベクトル束と、平坦なベクトル束にはそれぞれSp(2,R)不変なエルミート距離が入る。平坦なベクトル束のこの距離に関する曲率はもちろん0であるが、重さ半整数のジーゲル保型形式に対応するベクトル束のこの距離に関する曲率は、小平・中野の意味で正である。よって商空間がコンパクトであれば、小平・中野型の消滅定理より直ちに高次コホモロジー群の消滅定理が従うのであるが、今の場合は商空間はコンパクトではない。この距離は商空間の非特異コンパクト化の境界に沿って退化している。また、ジーゲル上半平面のケーラー距離はSp(2,R)不変であるので商空間上のケーラーを誘導するが、この距離も境界に沿って退化している。 この様なベクトル束に対して小平・中野型の定理を適用するためには、境界に沿って退化したエルミート距離に関する調和積分論があればよい。即ち、対応するベクトル束のコホモロジー群がこの距離に関する自乗可積分な調和微分形式の空間に同型であるという、調和積分論が成り立つものと考えられる。もしこれが成り立てば、通常の小平・中野型の消滅定理の証明と同様にして、先の高次コホモロジー群の消滅が証明出来る。 この調和積分論の成立を示すためには、先の高次コホモロジー群がドルボー群と同型であるという、ドルボーの定理を示す必要がある。但しここに言うドルボー群とは、(先の距離に関する)自乗可積分な微分形式に関するドルボー群である。このことを示す為には、通常の様に境界まで延長されたベクトル束の正則な芽の層を、このベクトル束を係数とする(先の距離に関する)自乗可積分な微分形式の芽の層の複体で解消する完全系列の存在を示せばよい。これは自乗可積分なドルボーの補題と呼ばれるべきものである。このドルボーの補題について研究した。
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