リーマン面のモジュライ空間とは曲面上の複素構造の同値類の空間のことであるが、それは曲面上の錐上特異点をもつユークリッド構造の同値類の空間と同一視できるというTroyanovの結果を用いる立場から、その普遍被覆空間であるタイヒミュラー空間の幾何の研究を本年度も昨年度に引き続き行った。リーマン面のモジュライ空間の中で、超楕円曲線族がなす部分空間については、錐状特異点付きのユークリッド構造を用いると、平面多角形の相似類の空間と対応することがわかる。これは超楕円曲線の超楕円対合による商空間で得られる球面上の点の配置空間に対し、超楕円曲線上の錐状特異点付きユークリッド構造から誘導される錐状特異点付きユークリッド構造と超楕円対合の分岐点を樹木状につなぐ線分のホモトピー類の族によるマーキングとの組の同値類全体がなす空間が、超楕円曲線族のタイヒミュラー空間と同型であるという以前の我々の結果を用いることによる。すなわち、所謂球面上のマーク付き錐状特異点をもつユークリッド構造のモジュライ空間が展開写像をとおして平面上の多角形のモジュライ空間と全単射の対応をもつことを示せば、超楕円曲線族のタイヒミュラー空間を平面多角形の相似類の空間によりパラメタ付けすることができることになる。 今年度は、昨年度までに得られた四角形の場合の全単射性について、その四角形として現れるある制約条件が、KenyonとSmillieによる多角形のJ-不変量とよばれるものと密接に関係することを見出した。この不変量は実数体の有理数体上での外積に値をもつもので、区間交換変換という曲面の力学系に関する性質、とくに周期性に関する性質を記述する上で有用なものである。このような不変量によって曲面のタイヒミュラー空間の点に対応する四角形の条件が記述できることは、五角形以上の多辺多角形の場合にも適用することが期待される。
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