研究代表者大鍛治隆司は、1階楕円型偏微分方程式系の中でも数理物理学における重要な方程式である相対論的粒子の運動を記述するディラック方程式について、昨年に引き続きその定常作用素のスペクトル及び時間発展方程式に対する解の時間無限遠での漸近挙動について研究を行った。特に前年度における零次斉次ポテンシャルに対する結果の改良を行うと共に、ポテンシャルのクラスを反発(repulsive)ポテンシャルまで広げる試みを行った。そのためディラック作用素をあるユニタリ変換を用いて符号の異なる一対の相対論的シュレディンガー作用素の摂動と捉え直し、まず光速度が十分大きいときに第1近似である相対論的シュレディンガー作用素に対する一様な極限吸収原理(ある種の重み付きL2評価)が成り立つことを示した。ついでディラック作用素をその摂動として捉えることにより、光速度が大きいときにディラック作用素についての一様な極限吸収原理を確立することが出来た。そのための方法としては標準的なMourre理論(交換子法)ではなく、弱共役交換子法を用いることが肝要である。これを適用するにあたり選択した共役作用素は通常の場合に選択される伸長群の無限小生成作用素ではなく、古典的運動作用素から決まるポテンシャルに依存しない形の新しい作用素を見いだすことが出来た。この点が前年度と大きく改良された所である。その結果、光速度が十分大きい場合には望ましい重み付きL2評価式が得られ、ディラック作用素のスペクトルが絶対連続スペクトルしか持たないことがわかる。
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