過去数十年間にわたり中性子電気双極子能率(NEDM)測定の実験か行われているが、未だその存在の確証は得られておらず、現時点での最も精密な上限値は2.9×10^0x(5E)-26e・cmである。この小さなNEDMの値は、θと呼はれる強い相互作用のCPの破れの度合いを表すパラメータか非常に小さいことを示唆しているが、なぜそれが小さいのかという問いに対する明確な解答はない。(実は、実験結果から得られるθの値にはCabibbo-小林-益川行列からの寄与も存在するが、それも含めてθの値が小さいことは不自然であると考えられている。)ここでNEDMの実験値からθの値を定量的に決めようとすれば、電磁カレントを中性子の状態で挟んだハドロン行列要素の形状因子を知らなければならない。今日までこの量はモデルを使って推測されていただけであるが、モデル依存性も大きく信頼できる評価方法とは言い難い。我々の目的はこのハドロン行列要素を格子QCDを用いてQCDの第一原理から計算することである。それによって、θパラメータの値をNEDMの実験結果から精密に決めることが初めて可能となる。 我々の最終目標は3フレーバー(アップ、ダウン、ストレンジ)の動的クォークの効果を取り入れた中性子電気双極子能率の計算であるが、そのための第一ステップとして先ずクェンチ近似の範囲内で計算方法のテストを行った。具体的には、格子上に定電場を入れ、上向きスピンの中性子と下向きスピンの中性子のエネルギー差を求め、そこから電気双極子能率を求めることを試みた。この計算方法の主な利点は、(i)中性子の2点グリーン関数を計算するだけなので比較的小規模の計算で可能なこと、(ii)定電場の値を自由に変えることが出来るので電場に対する中性子の応答性を解析しやすいこと、が挙げられる。我々は有望なテスト結果を得ることが出来たので、次のステップとしてこの方法を2フレーバーの動的クォークの効果を取り入れた計算に応用することを考えている。
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