過去数十年間にわたり中性子電気双極子能率(NEDM)測定の実験が行われているが、未だその存在の確証は得られておらず、現時点での最も精密な上限値は2.9×10^-26e・cmである。この小さなNEDMの値は、θと呼ばれる強い相互作用のCPの破れの度合いを表すパラメータが非常に小さいことを示唆しているが、なぜそれが小さいのかという問いに対する明確な解答はない。(実は、実験結果から得られるθの値にはCabibbo-小林-益川行列からの寄与も存在するが、それも含めてθの値が小さいことは不自然であると考えられている。)ここでNEDMの実験値からθの値を定量的に決めようとすれば、電磁カレントを中性子の状態で挟んだハドロン行列要素の形状因子を知らなければならない。今日までこの量はモデルを使って推測されていただけであるが、モデル依存性も大きく信頼できる評価方法とは言い難い。我々の目的はこのハドロン行列要素を格子QCDを用いてQCDの第一原理から計算することである。それによって、θパラメータの値をNEDMの実験結果から精密に決めることが初めて可能となる。 我々の最終目標は3フレーバー(アップ、ダウン、ストレンジ)の動的クォークの効果を取り入れた中性子電気双極子能率の計算である。そのための第一ステップとしてこれまでクェンチ近似の範囲内で計算方法のテストを行ってきたが、平成19年度は次のステップとして2フレーバーの動的クォークの効果を取り入れた計算を行なった。結果に関しては、クェンチ近似との差異が明確には確認できなかったが、これは2フレーバーの動的クォークの質量が重すぎたためだろうと考えている。現在論文にまとめ投稿中である。
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