研究概要 |
平成18年度には,研究代表者らが導出したX線多波回折動力学理論とその応用研究について,以下の進捗があった。 前年度までに,新しいX線n-波動力学理論を導出し,n=<12までのケースに適用可能であることを見いだしていたが,nが任意のケースに適用できるさらに新しい理論を導出した。n=<12までの理論は,入射X線の有限な波長広がりと角度広がりを考慮に入れた理論であったが,nが任意の理論は,入射X線が完全な単色平面波であることを要求する。このため,後者が前者の理論の拡張理論というわけではなく,両者は相補的な関係にある。 n=6のケースについてn=<12までに対応する理論による計算機シミュレーションと,実験によるピンホールトポグラフがほぼ完全に一致し,かつ強い入射X線偏光依存性を示すことは,平成18年度に論文発表された。n=4,n=5,n=8のケースについてもビンホールトポグラフ図形をシミュレートするプログラムを開発し,実験による図形とほぼ完全に一致することを確かめた。さらに,n=6で,チャンネルカット結晶を用いた場合のピンホールトポグラフ図形をシミュレートし,実験で得られた図形と定量的に一致することを示した。このことは,X線動力学理論は,平行平板結晶など,形が極めて整った結晶でしか解が求められないとする,90年来の常識を覆すものである。 結晶構造解析における位相問題は,「直接法」が広く普及した現在,この方法では位相決定が出来ない,タンパク質結晶構造解析にのみ存在すると言っていい。n-波動力学理論が位相問題に最終解決を与える可能性は欧米の研究者によって古くから指摘されていたが,結晶の歪み,結晶の複雑な形,極めて高い逆格子密度などの問題から,タンパク質結晶構造解析に対してこの方法を適用することは難しいと考えられてきた。研究代表者が導出し解法を与えたn-波動力学理論は,結晶の任意の歪みと任意の形に対応する。さらに,nが任意の新理論は,高い逆格子密度にも対応するため,多波回折法によるタンパク質結晶構造解析の位相決定法に,大きな現実味を与えたと言える。 結晶構造解析においては,求められた結晶構造の信頼性を示すR因子とよばれる量が計算されるが,タンパク質の場合,一般に,R因子の値は,20%以上に達する。このことは,従来の回折理論で計算されるX線回折強度と実際に測定されるX線回折強度の間に,数十%もの平均誤差があることを示しているが,これは従来の回折理論に大きな問題があると考えるのが自然である。研究代表者は,新しいX線n-波動力学理論により,この極めて大きなR因子の値の問題を,定性的に説明できることを見いだした。
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