研究概要 |
高木-トウパンの式(T-T理論)は,1962年に高木によって導出されて以来,結晶の格子歪みに対応する理論として,広く認知されてきた。X線動力学的回折理論は,1931年にラウエによって完成されたエバルトーラウエ理論(E-L理論)が主流の理論とされ,T-T理論は,特殊理論として取り扱われている。X線動力学的回折理論の最新の教科書は,2003年にオーティエによって書かれたものである。この著書は,X線動力学理論に関する90年にわたる研究を,ほぼ網羅的に紹介しているが,やはりE-L理論を主流の理論であるとし,T-T理論に関しては,球面波入射に対応する理論としての側面を重視した記述をしている。しかしながら,まず,E-L理論とT-T理論を比較した場合,X線の結晶中での振る舞いを,前者が逆空間で記述するのに対して,後者が実空間で記述するという違いがあるだけで,両者は等価であることに注目すべきである。1960年代後半E-L理論が3波ケースに拡張され,その後3以上の多波ケースでも数値解法が与えられたのに対して,T-T理論は,筆者が2003年にその数値解法を発表するまで,40年以上にわたって,多波ケースでは解が得られないとされてきた。両者が等価であることが認識されていれば,このようなことにはならなかった筈である。 また,T-T理論は,平面波および球面波入射条件のみならず,任意のX線入射条件で解を得ることができる。最近,安藤らは,コリメートしたX線を被写体に照射し,背後に置いたシリコン結晶のアナライザーにより透過または反射されたX線を撮影する,屈折コントラストイメージングの研究を行っている。通常の被写体の吸収率のみによる撮影では全く濃淡が生じないケースでも,アナライザー結晶により鮮明なコントラストを得ることができる。平成19年度,筆者は,T-T理論による屈折イメージング法の計算機シミュレーションに重点を置いた研究を行った。シミュレーション結果は,実際の屈折画像を良く再現し,このシミュレーションにより,アナライザー結晶に求められる条件を見積もることが可能となった。さらに,被写体を回転させてX線屈折CTおよびX線屈折トモシンセスの再構成画像をも,事前に予測可能となった。このシミュレーションは,任意のX線入射条件に対応するというT-T理論の特長を,利用することにより行われた。 2008年2月,SPring-8において,蛋白質標準試料であるリゾチーム結晶の形状を精密計測すべく屈折コントラストCTを撮影し,2008年5月の時点で,3次元画像再構成の作業が進行中である。
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