グラファイト上ヘリウム3(^3He)固相薄膜は、理想的な2次元量子スピン系である一方、frustrationの非常に強いスピン系である。この系の熱容量を0.2〜80mK、0〜300gaussにおいて測定した。吸着第1層においては、磁場の増大とともに熱容量のグラフが高温側に非常に大きくシフトしている振る舞いが観測された。これは、交換相互作用が0.1mK程度と非常に弱く、磁場の影響が非常を強く受けるためとして理解される。実際、磁場中熱容量の高温展開の計算により、磁場依存性は比較的良く再現される。一方、吸着第2層においては、磁場により、a)短距離秩序の成長にともなう熱容量ピークが低温側にシフトする、b)このピークが分裂する、c)ピークの低温側のスロープが緩やかになる、などの変化が観側されたが、その磁場変化は非常に複雑である。単純なスピン系では、熱容量は磁場により必ず高温側にシフトすることが期待され、このような変化は目下のところ理解できていない。しかし、この系は非常にfrustrationが強く、短距離秩序が成長した後も多くの自由度を残していることを示唆する結果である。 また、^3He固相薄膜はグラファイト基盤に追従して0.1mK以下まて冷却されることが知られているが、^3He-グラファイト間の熱伝導機構は明らかになっていない。熱容量と同時に測定される^3He-グラファイト間の熱伝導の温度・磁場変化から、この機構の解明を行った。その結果、1)^3Heとグラファイトは至る所で熱接触しているわけではなく、熱は一旦、巨視的な距離に渡り^3He薄膜面内を流れ、局所的なスポットでグラファイト基盤へと流れ込んでいること、2)^3He薄膜面内においては、交換相互作用の大きさより高温ではフォノンが、低温ではスピン波が熱を伝えること、などが明らかになった。^3He薄膜からグラファイト基盤へと熱が流れ込むスポットとしては、グラファイト中の不純物クラスターが有力である。
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