グラファイト上ヘリウム3固相薄膜は、理想的な2次元量子スピン系である一方、frustrationの非常に強いスピン系である。この系の熱容量・熱伝導を測定し、以下のような新しい知見を得た。 1) 交換相互作用に比べ1桁以上弱い磁場中で熱容量が大きく変化することを示した。これはこの系のfrustrationが非常に強いことを示していると考えられる。反強磁性相で磁場によりspin gapが開いたり、強磁性相で磁場により短距離秩序の成長が阻害されるなど、この系が単純な磁性では説明できないことも示した。 2) グラファイト基盤とヘリウム3薄膜は至る所で熱接触しているのではなく、熱は一旦ヘリウム3薄膜面内をフォノンやスピン励起として流れ、局所的なスポットでグラファイトへと流れこむことを明らかにした。局所的なスポットは不純物クラスターが関与していると考えられる。これらはヘリウム3薄膜の冷却において実用上有用な情報というだけでなく、熱伝導の測定からスピン相関長の温度変化について情報を得られることを示した。 3) 吸着第2層4/7整合相について新たに提案された吸着構造は、1/4のヘリウム3原子を非磁性のヘリウム4に置換することにより、カゴメ格子上の量子スピン系が実現される可能性を示す。カゴメ格子は三角格子と異なり、古典系の基底状態が多数縮退しており、ゆらぎの影響が強いために絶対零度でも長距離秩序を生じない。1/4のヘリウム3をヘリウム4で置換した薄膜の熱容量測定はカゴメ格子の実現を強く示唆し、三角格子に比べ短距離秩序の成長が遅れるとの理論予測と一致し、さらにフラストレーションの強い系であることを示している。
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