π電子共役分子の光化学的挙動は多様性に富み、レーザー分光学などの基礎的実験科学分野に止まらず、光機能性材料などへの応用など工学的な分野における研究も盛んに行われている。しかしながら、それらの合理的な解釈がなされていないものも多い。そこで、本研究課題では、光記録素子としての期待の高いジアリールエテン類の光化学反応を対象とし、高精度の非経験:的分子軌道計算により理論的に検討する。本年度の研究実績は以下の2点である。 1)ジアリールエテンの光環化反応における円錐交差構造(CIX) ジアリールエテン類の光環化・開環反応における立体選択性はWoodward-Hofmann則によるC_2対称性下での反応の進行ということで説明されてきた。しかし、実際にCIXを求めたところ、いかなる対称性も有していないC_1構造であることが分かった。これは、Woodward-Hofmann則による立体選択性の説明自体を否定するものではないが、この反応過程を詳細に議論するためには、少なくともC_2対称性の一時的な消失が重要な要因であることを示唆する。 2)アズレンの極限的反応座標解析 テーマ1の最後に述べた問題の解決法の一つとして、極限的反応座標解析を挙げることができる。しかしながら、自由度の多い(ジアリールエテンの場合72次元)分子の反応座標解析の場合、積分法、ステップ幅、収束条件など実際の数値計算において、困難な点の発生が考えられる。そこで、より次元の小さな分子であるアズレンについてこれらの点を検討した。さらに、アズレン自体もKasha則に従わない有名な分子であり、その光化学過程も大いに興味が持たれている。本研究によって、上述の方法論的な確認とともに、アズレンの無輻射過程における新たな描像を提唱した。
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