炭素と同族元素であるケイ素・ゲルマニウム・スズの化学においては、光学活性体に関する研究例はごく限られたものしかない。そこで、シリルリチウムなどに代表される高周期14族元素中心陰イオン種自身に光学活性を持たせることが可能となれば、高度に構造を制御した有機ケイ素およびゲルマニウム化学種構築における付加価値の高い鍵中間体となるばかりでなく、広く有機合成反応にも応用できる注目すべき試剤となることが期待される。 そこでまず、不斉配位子を反応場に利用したエナンチオ選択的なゲルミルリチウムの合成法を検討した。すなわち、不斉配位子である(-)-スパルテイン存在下、t-ブチルメシチルジヒドロゲルマンとsec-ブチルリチウムを作用させたところ、対応するt-ブチルメシチルヒドロゲルミルリチウムが定量的に得られた。得られたゲルミルリチウムにトリフェニルクロロシランを作用させたところ、トリフェニルシリル基が導入されたゲルマニウム化合物が得られ、このエナンチオマー過剰率は48%eeであった。さらに、この主生成物の絶対構造はS体であることを単結晶X線構造解析により決定した。このことは、生成している光学活性ゲルミルリチウムはS体が優勢であることを示唆するものである。また、アニシルジメチルクロロシランと光学活性ゲルミルリチウムを反応させたところ対応する求核置換生成物が53%eeのエナンチオマー過剰率で得られた。これらのエナンチオマー過剰率の値は決して高いものではないが、(-)-スパルテインが光学活性化合物を発生させる不斉反応場として機能しており、ゲルマニウムという金属中心に不斉を誘導することができるという新しい知見を含むものである。
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