研究概要 |
安定な有機分子は閉殻電子構造を持った基底一重項分子であり、有機化学反応論はこのよう安定有機分子の化学に基づいて発展してきた。近年、不安定な化学種を直接観測する手法が進歩し、また理論計算によって、開殻電子構造を持つ化学種の構造と反応性を正確に予測することが可能になった。本研究はこのような不安定な開殻π電子構造を持つ有機分子の構造と反応性を、計算化学と極低温希ガスマトリクス分離分光法を組み合わせて研究し、開殻π電子系の有機反応を総合的に解釈することを目的とした。これまでに、π電子系としてベンゼン系に関して詳細に研究を行ってきたので、本研究ではπ電子系をナフタレンへ拡張し、ここに2個のジラジカル中心Lを導入した系で同様な検討を行った。前年度までに、オルト類似体として1,2-体と2,3-体について検討したので、今年度はパラ類似体として1,4-体と2,6-体に関して検討した。LをCH, CCl, CBr, CFと変化させた系について、電子構造(σ^2/σ^2,σ^2/σ^1π^1,σ^1π^1/σ^1π^1)を考慮した各電子状態でのエネルギーと分子構造がどのように変化するかを、詳細に検討した。その結果、 1.1,4-体ではLの種類に関わらず、σ^1π^1/σ^1π^1-重項ジラジカルが基底状態であるが、L=CFの場合はσ^1π^1/σ^1π^1-重項ジラジカルとσ^2/σ^2ビスカルベンが非常に接近することを計算で予測した。 2.これらのビス(ジラジカル)の前駆体を合成し、低温希ガスマトリクス分離分光法によって検討した結果、計算で予測された基底状態電子構造を確認した。 3.そして、2,6-体ではL=CHではσ^1π^1/σ^1π^1-重項ジラジカルが基底状態であるが、L=CClとするとσ^2/σ^2ビスカルベンが基底状態となることを計算で予測した。 4.これらのビス(ジラジカル)の前駆体を合成し、低温希ガスマトリクス分離分光法によって検討した結果、計算で予測された基底状態電子構造を確認した。 これらの結果を対応するベンゼン系と比較すると、基底状態の電子構造は1,4-体では同じであるが、2,6-体では基底状態のスイッチが容易に起こることを明らかにした。
|