ベンズイミダゾールを含む三座配位子とハロゲン原子などの単座配位子を有する一連のイリジウム(III)錯体の光物性を測定し、それらが1に近い量子収率をもつ優れたリン光発光性錯体であることを見いだした。更に、密度汎関数理論計算で得られた電子構造情報から1電子スピン軌道積分近を求めて、リン光発光機構モデルに従って輻射速度を計算したところ、実測されたリン光輻射速度を良く再現できることを示し、これらのイリジウム(III)錯体のリン光機構を解明した。 青色発光を示す遷移金属錯体の設計は、現在のリン光性有機EL素子の開発における重要な課題である。強リン光性イリジウム錯体の発光の高エネルギー化を目的として、しばしばピラゾール配位子が導入されているが、この配位を有するイリジウム錯体は室温で発光寿命が著しく短くなる傾向がある。本研究では、リン光状態の失活機構の解明を目的として、2つのピラゾール配位結合を有するイリジウム錯体の発光寿命を広い温度範囲で観測し、失活過程の頻度因子や活性化エネルギーを決定した。その結果から、発光性のリン光状態は、それよりもエネルギー的に高い位置にあるdd状態を熱的に経由して失活していることを明らかにした。更に、密度汎関数理論計算によってピラゾール配位イリジウム錯体の発光状態の熱失活機構を詳細に検討した結果、リン光状態から熱的に構造変化が起こり、主にイリジウムーピラゾール配位結合が約0.6nm伸びた構造において、励起状態と基底状態のエネルギーが等しくなり、基底状態に速やかに失活することが明らかになった。これらの結果から、ピラゾール配位をもつ金属錯体は、この基の弱いσドナー性のためにdd状態が低くなり、そのため励起状態と基底状態のポテンシャルエネルギー曲面の交差がエネルギー的に低いところで起こることが、発光寿命を短くする原因であると考えられる。
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