本研究は、最近実験的な研究成果が公表されてきている哺乳類成体におけるニューロンの新生現象の脳の情報処理における役割について、モデル構築と計算機シミュレーションを通して理論的に明らかにする研究の一環として行う。 本研究では、新生ニューロンの存在を積極的に取り入れたモデルを構築し、その挙動を非線形システム解析の手法を駆使して解析することにより、神経生理学の実験研究にも貢献できうる新生ニューロンの役割に関する仮説を提示することを目的とする。 本年度は、解剖学的な知見に基づく海馬の神経回路網モデルをスパイキングニューロンモデルにより構築した。このモデルに新生ニューロンからの結合の様式として3種類の仮説に基づく結合を行い、新生ニューロンを含むモデルとして、既存の海馬回路網に対してこれらの結合様式の差異が新旧の記憶の消去・形成に及ぼす影響についてシミュレーション実験を行った。この3種類の結合とは、(1)既存の記憶の表現に高頻度に使用されているニューロンへ結合、(2)既存の記憶の表現に低頻度に使用されているニューロンへ結合、(3)ランダム結合の3種類である。その結果、新生ニューロン発生後の新規記憶の獲得については、この3種類の結合の様式間には差異は小さいが、既存の記憶に及ぼす影響は(1)の場合が最も大きいという結果が得られた。この結果は新生ニューロンが記憶に対して果たす役割に関する仮説を提示する基盤となるものと考えられる。
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