アール・デコの建築は、鉄筋コンクリートという20 世紀に普及するようになった新しい材料と、その表面を飾る幾何学的な装飾とを組み合わせた近代を代表する建築様式の一つであり、1920-30年代の世界中に速やかに広まった。その波及力は非常に強く、いわゆるインターナショナル・スタイルに先駆けてインターナショナルになった最初のスタイルとも目されるものである。研究代表者は、これまでフランス、アメリカをはじめ東アジア、東南アジア、中南米の主だった都市におけるアール・デコ建築の普及状況をつぶさに見てきた。そして、その成果を「アール・デコの建築」(中公新書、平成17年)として紹介した。 しかし、南アフリカ共和国のケープタウンとヨハネスブルグにはアール・デコの豊富な実例のあることが知られており、ニュージーランドにはアール・デコの都市ともいうべきネイピアがあり、北アフリカのいくつかの都市にも興味深いアール・デコ建築の存在が報告されている。これまでの蓄積に加えて、各地の実例の調査を実施し、アール・デコ建築の世界的な波及状況を把握し、グローバルなアール・デコ建築の研究を完成させたいと考えている。 本研究のもう一つのテーマは、アール・デコが各国のナショナル・アイデンティティの模索の表現手段となったということである。1920-30年代はいわゆる両大戦間期という不安な時代を背景に、各国のナショナリズムが台頭した。アール・デコは装飾的細部を拒否しなかったから、なんらかのアイデンティティの表現媒体として使うことができ、実際、各国で伝統的な造形が取り入れられている。中南米のアール・デコはマヤやインカの造形を取り入れているし、オーストラリアやニュージーランドのアール・デコはアボリジニの造形を取り入れている。日本の「帝冠様式」も、その一例としてとらえられることができるであろう。そうした実例を各地で探りたいと考えている。
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