ナミテントウの鞘翅斑紋には、優劣関係が明らかにされている4つの対立遺伝子に支配された4型(二紋型、四紋型、斑型、紅型)がある。駒井ら(1956)の調査では、日本列島では北に行くほど紅型が多く、南に行くほど二紋型が多いという顕著な地理的勾配が報告されている。駒井らは、このような地理的勾配は斑紋型間の気温に対する適応度の違いによってもたらされたものとしている。本研究では、駒井らの調査以来、約60年ぶりとなる全国規模での調査を行い、鞘翅斑紋遺伝子の地理的勾配とその年代変化について調べた。材料は、駒井らが調査した54地域をすべて含む33都道府県86地域(最北:北海道中湧別、最南:長崎)から得た合計約23000個体の標本である。採集地の緯度が高くなるにしたがって紅型遺伝子の頻度が増加し、逆に二紋型遺伝子の頻度が減少する傾向が認められ、遺伝子頻度には依然として地理的勾配が維持されていることが明らかになった。駒井らによって調査された54地域のうち、本州以南の32地域では27地域で二紋型遺伝子の頻度に増加、28地域で紅型遺伝子の頻度に減少が認められた。地理的に隔離された集団とみなせる佐渡市赤泊で統計的に有意な変化が認められたことから、過去数十年間に全国規模で生じた遺伝子頻度の変化は、個体の移動によるもではなく、温暖化などを含めた環境の変化に適応した小進化である可能性が示唆された。このような遺伝子頻度の変化は、とくに高緯度地域で顕著に認められ、斑紋遺伝子頻度の地理的勾配は駒井らの報告よりも緩やかになっていた。
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