硫黄は動植物の必須元素であり、アミノ酸、ビタミン、補酵素、酸化還元や生体防御反応を担う種々の生体内化合物(代謝産物)に含まれる他、未同定の含硫黄代謝産物も多数あると推測される。細胞内の硫黄化合物を同定しその動態を明らかにすることで、硫黄代謝を切り口として植物代謝とその制御機構を解明できると考えられる。本研究ではフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT/MS)の特性を活かした植物細胞内の全硫黄化合物の網羅的解析を目指して以下を行なった。モデル植物シロイヌナズナを硫黄欠乏などの種々の実験条件で栽培し、その代謝産物をinfusion法によるFT/MS分析で網羅的に解析した。FT/MSの極めて高い質量分解能と精度により、1サンプルあたり1分析で数千の代謝産物ピークを検出し、精密質量の値(誤差1-2ppm)から化学組成式を推定した。硫黄同位体の天然存在比が32S(精密質量31.97207):34S(同33.96787)=95:4であることから、精密質量差が1.9958マスユニットでシグナル強度比が95:4である2つのマスピークは単一の硫黄化合物に由来すると推定できた。シロイヌナズナの全80サンプル190分析において、このように検出されかつ推定組成式(誤差5ppm以下)が天然化合物データベースに記載された化合物に合致した硫黄化合物が31種あり、さらに硫黄化合物候補といて約370の代謝産物を検出した。同時に取得したマイクロアレイデータに基づく遺伝子発現パターンの変化と照合することで、硫黄欠乏条件で特に重要と思われる代謝経路に注目し、当該代謝産物候補のターゲット分析およびRT-PCRによる遺伝子発現解析を行なった。これによりFT/MS分析による代謝物推定の正しさが一部証明され、さらに注目した代謝経路の変化に関してより詳細な情報が得られたことで、硫黄欠乏応答に関する新知見を得た。
|