研究概要 |
フタホシコオロギの雄は,生殖室の内部を清掃するための自動清掃装置をもっている。この装置とは,生殖室をつくる床の薄い膜のことである。床の中央部は大きな袋(正中嚢)となっており,ふだんはしぼんで床の下に埋もれているが,交尾をして精包を放出してしまった状態では,体液で膨張し,精包をつくる鋳型(背側嚢)に入り込んでいる。この膜は表面にうろこ状の構造をもっており,常時蠕動運動をしている。これは掃除機の役目をする。他の膜は,生殖室の両側方にあり,腹内部にめくれこんでいる膜である。これはうろこをもたず,運動性もなく,集められたゴミをためるゴミ箱の役目をしている。本年度は,うろこのある正中の運動とゴミ移動の関係を調べ,以下のことが明らかとなった。 1)生殖室のゴミの移動を定量化するため,微小なゴム片(80μm)を生殖室床の正中部においたところ,約11分後にはほとんどの場合で,ゴミは背側嚢へ運ばれて行った。ゴミはうろこの配列に沿って動くことがわかった。 2)同様のゴム片を背側嚢の内部に挿入したところ,そこに入っている正中嚢の運動によって,1)とほぼ同じ速さで,ゴミは背側嚢から掻き出され,側方嚢まで運ばれていった。 3)正中嚢の運動には,左右への大きな運動(0.6Hz)と,これにカップルした小さなしわ状の運動がある。支配神経をインタクトのまま,正中嚢を生殖器から切り離すと,前者が消失し,後者だけの運動となる。この膜の上でゴミ移動を調べると,インタクトの揚合とあまり変わらなかった。このことは,ゴミ移送は,しわ状の運動だけでも充分可能であることを示している 4)正中嚢を除去した雄では,背側嚢の内部は著しく汚れており,結果的に,まともな形の精包ができる確立は大きく低下した。 5)背側嚢の内部のゴミは,大部分が生殖室のすぐ上にある肛門から落下した糞であり,その他に,付属腺からの精包材料の残りかすが混在していた。 以上より,コオロギが精巧な精包をつくるためには,精包材料の搬入前に鋳型内部を清掃しておく必要があり,そのために,正中嚢と側方嚢が連帯して働いている。正中嚢の運動によるゴミ移送は,メカニズムのうえで哺乳類の気管にある繊毛上皮の働きに共通することが示された。
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