本年は各地のミヤマノコギリシダの調査とともに、主に鹿児島県上屋久町小瀬田愛子岳林道付近のミヤマノコギリシダ複合体集団について、外部形態、胞子稔性、核と葉緑体遺伝子を用いた分子遺伝学的分析によって雑種形成について解析した。当地には、ミヤマノコギリシダ(以下ミヤマ)、ホソバノコギリシダ(ホソバ)、ウスバミヤマノコギリシダ(ウスバ)、オオバミヤマノコギリシダ(オオバ)、ヒロハミヤマノコギリシダ(ヒロハ)の5種とそれらの間での複雑な形態をした雑種群が認められた。ロープを計340m地面に張り、ロープの両側1m以内をライントランゼクトした144個体について、全ての個体の位置を正確に記録し、個体マークを行い、今後数年間継続調査を行えるようにした。全ての個体から葉を採集して乾燥標本とした。完成標本から胞子を採取し、正常形態の胞子の割合を調べ、胞子稔性を求めた。また、核遺伝子3酵素4遺伝子座を用いたアロザイム多型分析、葉緑体DNAのpsbC〜trnS(UGA)、trnW(CCA)〜trnP(UGG)、trnL(UAA)〜trnF(GAA)の3遺伝子間領域でPCR-SSCP分析を行った。胞子稔性が高い個体には、形態的な特徴から種と思われる個体と、ミヤマ、ホソバ、オオバ、ヒロハ間の雑種と思われる個体があった。母親がヒロハ、オオバの個体には、形態的にも核遺伝子からも父親がミヤマ、ホソバ、もしくはその雑種と考えられる稔性が高い個体があった。あるヒロハを母親に持つ個体についてはオオバ由来の雑種を親に持ち、戻し交雑された雑種第3代と推測される個体もあった。屋久島では、これら4種間で複雑な浸透性交雑が繰り返されていることがわかった。
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