我々は、本研究で舌上の味を感じる味奮の特に味孔(taste pore)にどのようにして味覚受容体が集中しているのか、その分子基盤に注目した。この味覚受容体の細胞膜上の挙動に関連して、興味深い事が報告されている。即ち、第一に多数同定されてきた苦味受容体72Rファミリーは、通常の培養細胞に発現させてもいずれも細胞膜にターゲットされないのである。一方、嗅覚受容体も、味覚受容体同様に自分自身では細胞膜にターゲットできない受容体として知られていたが、嗅覚受容体を膜に移動させるRTR、 REEPファミリーが2004年に発見されたのである。これらのことから、味細胞には味覚受容体を細胞膜にターゲットさせるシステムが存在することが強く示唆される。そこで、本研究では、味覚受容体の味孔集積にアプローチする第一段階として、味覚受容体の細胞膜ターゲット機構を明らかにする。 小腸由来の培養細胞であるSTC-1細胞は、小腸由来でありながら幾つかの味覚受容体の発現が報告されていた。そのためこの細胞には味覚受容体を細胞膜にターゲットして機能させる機構が存在すると考えられる。そこで、本研究では、このSTC-1細胞をモデルに研究を進めていく。 18年度は、まず第一に前述のSTC-1細胞を材料に、生理的にどのような味覚システムを持っているか、各味に対する応答性をカルシュームイメージング法で解析した。結果、これまで知られていた苦味以外にも砂糖、塩化ナトリューム、塩酸、グルタミン酸のいずれにも反応して、甘味、塩味、酸味、うま味全ての味物質に応答できることを発見した。即ち、この小腸由来の細胞は、5種の基本味すべてを認識できる能力を持っていることが初めて明らかになった。そこで次に、味覚受容体の代表として苦味受容体mT2R8、通常の膜移行できる受容体としてアセチルコリンM1受容体を用いて、受容体の細胞膜ターゲット能の検討を行った。mT2R8とM1は、いずれもG蛋白質共役受容体で正しく細胞膜に位置するとN端を細胞外に出す形になる。そこで、両受容体のN端に抗体識別可能なロドプシンタグを付加した発現コンストラクトを作成し、これをSTC-1細胞と対照の細胞としてHEK293細胞に遺伝子導入した。そして、それぞれの受容体のN端の細胞外突出を頼りに、両細胞の細胞膜移行させる能力を検討した。結果、まず味に応答しないHEK293細胞は、 M 1を細胞膜移行させるが、 mT2R8は移行出来ないこと、一方STC-1細胞はM1を移行出来るだけでなく、発現効率が低いものの発現されればすべてのmT2R8を細胞膜に移行出来ている事が判明した。19年度は、STC-1細胞の持つこの味覚受容体の細胞膜移行が、どのような分子の関与によって可能になっているのか、検討を進めていく。
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