アルツハイマー病などのヒト変性疾患には多くの蛋白質分子が関与するが、それらの分子は、トランスグルタミナーゼ修飾(TG)をはじめとする様々な生化学修飾を受けつつ複雑な分子過程を引き起こしている。その現象群に中で、本課題が主に注目したのは、アミロイド凝集性の分子群に関わるものであり、その凝集過程に対し、TG修飾やリン酸化等の病理的修飾が如何なる効果を及ぼすかを分子レベルで解明した。そのために、大きなアミロイド性分子の配列から凝集に必須な部分の断片を抜き出して、修飾・非修飾体の双方を人工合成し、構造や凝集物性を分子科学的手法で詳細に解析し、例えば以下のような点を明らかにした。 1.ポリグルタミン領域を保持する分子群やアルツハイマー病関連のタウ分子由来ペプチドのアミロイド凝集は、TG修飾によって強く抑制された。そこでは複数の分子機構が働き、ペプチド鎖上への負電荷導入やポリアミン分子との架橋形成が原因であることが示された。 2.タウ由来ペプチドの繊維状凝集は、リン酸化によって強く影響され、そのメカニズムは主に、リン酸基導入で生じる負電荷に由来することが明らかになった。その効果は、リン酸化の導入箇所周囲の電荷環境に応じて、凝集を促進したり抑制したりする。また、ごく微量のリン酸化された分子が混入することで、系全体の凝集性が極めて強く影響されることも明らかになった。 以上の研究の過程で、生化学修飾効果の発現の仕方が、周囲の溶液環境に強く依存することが明らかとなった。そこで、アミロイド凝集過程に対する環境効果自体の知見を従来より深めるための研究も、一方で行った。さらに、生化学修飾を受ける疾患関連分子には膜蛋白質群も含まれることを考慮し、将来の展開の準備として、膜蛋白質の化学修飾現象を扱うための方法論を開発する研究も推進した。
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