本研究課題においては、タンパク質結晶の相転移をX線回折によって調べ、相転移前後の結晶構造を原子分解能で解析して構造変化を比較し、更に分子運動の解析を行ってそのメカニズムを明らかにすることを目的として以下の研究を行った。 (1)ナトリウム濃度の違いによる構造変化を調べるために、ナトリウム濃度の異なる溶液に浸した結晶を作成する条件を検討し、相転移の実験に適した結晶が得られた。また、ナトリウムイオンのリゾチーム構造に対する影響を調べるために、カリウムを含む溶液に浸した結晶の調製法、塩化カリウムを沈殿剤とする結晶の調製法を確立した。 (2)異なるナトリウムもしくはカリウムイオン濃度の溶液に浸した結晶について脱水による相転移の条件を検討し、パラフィンオイルで包んだ結晶に一定温度の乾燥窒素ガスを吹き付けて徐々に脱水させる方法で相転移を観測することができた。相転移が数時間から10時間程度で完了するように温度を設定し、結晶の向きを変えて2〜3の方位についてX線回折像を一定時間間隔で測定して、その経時変化を記録し解析することにより中間状態の存在を確認し、転移のメカニズムを明らかにした。 (3)相転移後のタンパク質の構造を詳細に調べるために、結晶構造を1.1Å分解能で解析した。解析精度を正確に見積もるために、構造の精密化は完全行列最小二乗法を用いて行った。ナトリウムおよびカリウム濃度の異なる結晶の解析結果を比較することにより、相転移時においてそれらのイオンがリゾチームに結合することによる結晶および分子構造の変化をあきちかにし、転移に伴う構造変化に果たす役割を解明した。 (4)相転移前後の結晶内のタンパク質分子の動的性質の違いを調べるために剛体振動解析を行い分子運動の比較を行った。異方性温度因子を適用できない分解能の解析結果に対処するために、前年度に確立した等方性温度因子を用いる新たな解析方法について、室温でデータ測定が可能な結晶に適用して有効性を検証した。
|