幹細胞は、多くの成体組織において、組織の新陳代謝や損傷部分の補修に中心的な役割を果たしており、その性質や機能は周りの細胞が作り出す微小環境(ニッチ)により維持される。しかしながら、発生過程におけるニッチ形成機構については未だ不明な点が多い。本研究は、ショウジョウバエの卵巣にある生殖幹細胞とその維持に必要なニッチ構成細胞をモデル系として、発生過程におけるニッチ構成細胞や活性の形成機構をが分子レベルで解明することを目指している。 ショウジョウバエの成虫の卵巣は、生殖幹細胞とそのニッチを構成する細胞(TF細胞、cap細胞、escort幹細胞)を細胞レベルで同定、観察することができる稀な材料である。ニッチ構成細胞と生殖幹細胞は、3令幼虫期と幼虫・蛹移行期にそれぞれ卵巣の体細胞と始原生殖細胞の一部から形成される。最近、私たちは、ニッチ構成細胞が胚発生期の生殖巣前半部の体細胞に由来することを示唆する結果を得た。また、将来生殖幹細胞になる細胞は胚発生期の生殖巣中でこれらの前半部の体細胞と接触していることも明らかにした。これらのことから、ニッチ構成細胞や生殖幹細胞への発生運命は、胚の生殖巣前半部の体細胞により誘導されるか、後半部の体細胞により抑制されると予想された。この仮説を検証するため、昨年度は胚の生殖巣前半部、または、後半部の体細胞で特異的に発現する5つの遺伝子に注目し、これらの遺伝子が生殖幹細胞およびニッチ構成細胞の形成に関わるかどうかをRNAiによる遺伝子機能阻害実験により調べた.その結果、胚の生殖巣前半部の体細胞特異的に発現するdpr17遺伝子が生殖幹細胞の形成に必要なニッチ活性の形成に、胚の生殖巣後半部の発現するCG9634遺伝子が生殖幹細胞の維持と分化に必要なことが明らかとなった。おそらくCG9634遺伝子はescort幹細胞の形成に必要であると予想された。今年度は、これらの遺伝子機能の詳細な解析を行い、生殖幹細胞形成や分化を制御するニッチの形成過程の一端を明らかにする予定である。
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