研究概要 |
本研究は、類人猿をはじめとする霊長類の生殖戦略をモデル化しヒトのそれと比較することによって、ヒトの祖先がとってきた生殖戦略が何か、どのような配偶システムであったかを推定するのが目的である。今年度は、ヒト科(ヒト、ゴリラ、オランウータン、チンパンジー)、オナガザル科(カニクイザル、アカゲザル)の霊長類の精巣組織を対象に、精子形成の特徴を解明し、精子形成の様相がなにか、種や系統による差異がどこにあるかの理解を目的とした。精上皮を光学顕微鏡で観察して精上皮サイクルを詳細に検討するとともに、細胞間接着に関与する物質を免疫組織化学的に分析し、種による分布の違いについて検討した。その結果、(1)チンパンジー、カニクイザルでは標準的な精子形成細胞セットが認められることがヒトやオランウータン、ゴリラより有意に多かった。(2)ヒト、チンパンジー、ゴリラでは、精細管断面に3つ以上のステージが認められることが、オランウータン、カニクイザルより有意に多かった。(3)オランウータンでは、精子細胞の精子形成過程における先体物質が多く、精上皮サイクルを10ステージに分けることができた。一方、ヒト、チンパンジー、ゴリラでは6ステージにしか分けられなかった。(4)アカゲザルとラット精巣において、免疫組織化学的にクラウディン1,3,11の分布を見ると、明らかな種差が認められた。これらの結果は、オランウータンの系統が分岐したのち、ヒト、チンパンジー、ゴリラでは先体が小さくなり、1つの分化型精祖細胞に由来する精子数が減少するような精子形成様式の転化が生じたことを示唆する。これらは、精子形成の劣化とも言える変化である。しかし同時にチンパンジーでは、ヒト、ゴリラよりはるかに精子形成が活発になるよう進化している。この種では、精子競争の過程が精巣進化に強く働いたことが示唆される。
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