品種が作出され、市場に送り出された後には、もはや作り手としての育種の関与は殆どない。作出された品種は、均一で、安定した形質を持つものとして世に出る。しかし、最近様々な植物からゲノム中を動く(可動性)転移因子が多数発見され、純系を重んじる作物でも品種内の均質性、少なくともゲノムの同一性が保たれることは難しいのではないかとも考えられる。昨年度、トランスポゾンによってゲノム構造がコシヒカリの品種内で変化してきていることを明らかにした。今年度は、転移因子の活性化を引起す遺伝的要因をさぐる基礎的知見を得るための実験をおこなった。イネ品種とその近縁種であるOryzaAA-genome27系統の各ゲノムについて、既知の転移可能な5種類のトランスポゾンそれぞれの転移酵素遺伝子(Ping、Pong、Dart、Osmer、Tok)の構造解析を行った。Ping転移酵素遺伝子は5つのイネ系統にしか見いだされなかったが、他の4つの転移酵素遺伝子はOryza sativaおよびrufipogonにおいては遍在し、複数のコピー数を持っていた。PCRで検出された転移酵素遺伝子の構造を解析しコピー間での変異を調査すると、転移酵素タンパク質の機能に重要な部位では殆ど変異が起こっていなかった。このことはトランスポゾンが宿主であるイネにとって有益な機能を果たしていることを示唆するものである。アジアイネにおいてDartとTokの転写はいずれの種でも生じていたが、Osmerでは転写が検出されなかった。PingおよびPongでは限られた系統で転写されていた。栽培および野生イネでのトランスポゾンの活性化の原因が交雑である可能性を検証するために、9系統の総当たり交配を行い、そのF2種子を得た。今後これら転移酵素遺伝子の構造と発現の情報および交雑後代を利用してトランスポゾン活性化の原因を探索する。
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