植物組織の老化抑制に関わるポリアミンの合成経路と、逆の生理作用である植物の老化促進に関わるエチレンの合成経路が、ともにS-アデノシルメチオニオン(SAM)を介して繋がっている。そのため、植物組織が老化するのか、あるいは老化が抑制されるのかという拮抗的なバランスは、基質であるSAMがどちらの経路により多く流入するか、というSAMの競合によるとする考えがある。そこで、成熟・老化にエチレンが関与するリンゴ('王林')果実を1-methylcyclopropene (1-MCP) で処理し、エチレン合成経路を抑制した時のポリアミン合成経路への影響と、逆に methylglyoxalbis-(guanylhydrazone) (MGBG) で処理し、ポリアミン合成経路を抑制した時のエチレン合成経路への影響について調査した。 いずれの抑制剤によっても拮抗的な関係、即ち、1-MCP処理によるポリアミン含有量、特にスペルミジン含有量の上昇と、MGBG処理によるエチレン生成の上昇が認められた。しかし、このような拮抗的な関係は1-MCPやMGBGの処理後、およそ15日目頃までの初期から中期の段階に限られており、貯蔵後半である処理後30日以上の果実では、エチレンとポリアミン合成経路の拮抗的な関系は認められなくなった。これはおそらくは生体内のポリアミン量を一定に維持しようとするホメオスタシスの作用によると推察された。そのため、1-MCPによる果実の貯蔵効果はポリアミンというよりも1-MCPのエチレン生合成を直接抑制する効果のためであると考えられた。
|