ブナ林における豊作の到来は5〜7年に一度とされている。しかし、その間にも中規模な開花がみとめられる。中規模開花は、1)林分の個体が開花するが、それぞれの開花数が少ない場合か、2)特定の少数個体のみが大量に開花する場合かのいずれかが想定される。このどちらかであるかを確かめることは、豊凶現象進化の生態学的理解とともに、苗木の安定供給を通してブナ林の再生技術に貢献すると考えられるが、従来のシードトラップによる調査では個体ごとの解析ができなかった。しかし、ブナの枝には開花した雌花序の痕跡(雌花序痕)が残り、これが開花後5年程度は残存する。したがって、雌花序痕の痕跡を追跡することで、個体ごとの開花履歴の復元が可能である。そこで、山形県庄内地方における2箇所のブナ天然林において75個体を調査個体として選定し、各個体から10本程度の枝を採取し、各年度の雌花序痕数の算出を行い、すでに1990年から設定してあるシードトラップの開花・結実量との相関を調べた。この結果、シードトラップでは2000年と2005年に豊作年、2002年に並作年となっていたが、林分全体としての雌花序痕の平均はこれと同じ傾向を示したことから、雌花序痕による開花履歴の推定は可能であることを確認した。さらに、過去の開花履歴を個体ごとに解析すると、1)豊作年に他個体と同調して開花する個体、2)大豊作年にのみ開花する個体、3)中規模開花年にも開花する個体、4)開花しない個体の4タイプに分類され、中規模開花年の実態は、その年に特異的に開花する少数の個体によって実現することが明らかになった。これらの個体は、豊作年にも開花するので、林分の中で開花頻度の高い個体と見なすことができる。中規模開花年に開花する個体は、並作年に結実する個体なので、これを認識できれば種子採取の効率が高まり、地元産の苗木の安定供給に資すると考えられる。
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